2020年歌ごよみ、そして“春が来た”(2)



童謡倶楽部≪萌≫ 桃組 箱山さまよりご寄稿いただきました

『2020年歌ごよみ、そして“春が来た”(1)』より続きます。



                        Photo:匿名(A)さま





2020年歌ごよみ、そして“春が来た”(2

       (桃組 箱山好德 2021年2月20日 庭の黄水仙を見ながら) 




●ホームページが開設されて

 9月20日、ホームページ開設のご連絡をいただきました。先ず、「365日の紙飛行機」「三つの汽車の歌」「故郷」他を口遊みました。「青い山脈」の三声も素晴らしく思いました。その他に多数の曲がありましたが、皆さんホームページを見ておられると思いますので、曲名割愛します。


●“歌の会”

第一回目開催は10月26日でしたが、申込み条件をクリヤーするのは難しいと思い、不参加の返信をさせていただきました。慎重に第二回目(11月30日)もパスし、12月24日の第三回目を申し込んだのですが、コロナ感染拡大の影響で中止になりました。お手紙によると、第一回目の参加人数は60名(スタッフの皆様含む)とのことで、ソーシャル・ディスタンスも十分に確保されていて、大成功だと思いました。ホームページでも当日の様子を知ることができました。


●時折、口遊んだり、聞いたりした歌

歌を口遊むのは、小学校5年、6年時の担任の先生の影響だと思います。先生がピアノで「乙女の祈り」等を弾かれると、我々児童達はその周りで聞いておりました。

今は、“美しき日本のうた”、高校時代の“生徒歌集”他に載っている歌を歌います。例えば;「あめふり」、「かあさん歌」、「紅葉」、「庭の千草」(母が歌っていました)、

「さくら」(《萌》でこの歌の後半部分が2/4拍子で小気味よく演奏されると、二十才代の頃に魅せられていたアルゼンチンタンゴのリズムを思い出します。(タンゴ考については、後日機会があれば)、

「赤とんぼ」(秋田県八郎潟の辺にある潟西中学校で、一時間授業をした時、生徒達がこの歌で見送ってくれました。仕事で秋田市に常駐していた1969年のことです。)

「里の秋」、「北上夜曲」、「荒城の月」、「知床旅情」、「埴生の宿」、「故郷」(高野辰之作詞、2009年7月26日の市民祭りで、《萌》の名前とこの歌詞が印刷された団扇が作られました)。その他に「千曲川旅情の歌」(歌碑のある小諸は故郷の近くなので、何回も行きました。)、「山小屋の灯」、「旅愁」、「オールド ブラック ジョー」、「ラバウル小唄」(知人が1990年代、ラバウルに2年半駐在したのですが、同地について、この歌しか知りませんでした。)、卒業した「小学校の校歌」等。

外国の歌では、「夕日に赤い帆」、「ラノビア」(メロディーは覚えていますが、1960年代のことで、歌詞を思い出せません。)、「コンドルが飛んで行く」(1977年10月頃から1983年前半にかけてパラグアイ、ボリビア、ペルー、コロンビア、チリ―に二十数回出張した頃に覚えたにメロディー、但しハミングで。なお≪萌≫では、2008年7月に日本語版で歌いました。)南米まで約30時間、行けども行けどもアンデス山脈で遠かったです。


=昭和、平成の懐メロほか=

「りんごの歌」、「別れの一本杉」、「あの丘越えて」、「悲しい酒」、「哀愁波止場」、「雨の港」、「下北漁港」、「港町純情」等。1982年ケニア国ナイロビに、仕事で数カ月滞在したことがありました。ポレポレ(ゆっくり、ゆっくり)のケニアでは、待つこともまた仕事でした。そんな時、ホテルの部屋で持参したカセットテープの歌をよく聞いていました。それが港歌シリーズでしたので、港の歌が多いのです。それと関係はありませんが、「港が見える丘」(昭和22年)も好きな歌です。小学校2年の頃に知った曲です。


      * 2020年歌ごよみ、そして“春が来た”(3)に続く


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童謡倶楽部《萌》/ コール*詩音

神奈川県海老名市で活動している、 歌を通した集いのサークル 童謡倶楽部≪萌≫ / コール*詩音のブログです。 主に会員の皆様に お知らせ*過去の演奏の記録をご紹介しています。 懐かしい歌、懐かしいあの頃・・・ きらめく春夏秋冬を ご一緒にうたいませんか?